あっちこっちケイイチ オフタイム

よたかの日記を兼ねたブログです

オヤジの通夜よたか

オヤジの亡骸を寝かせた部屋。寒すぎてちゃんと眠れなかった。
通夜がはじまる夕方まで少し時間があるので、オフクロは一度家に帰ってシャワーを浴びる事にした。

ひとり……というか、オヤジとふたりで居ると、本当に寝てるみたいに見える。
「良く寝た〜」とか言って起きてきそうな気がする。
オヤジに近づいて頬を撫でてみると、指先から死者の冷たさが伝わってくる。
足元に回って布団をめくって足を見ると、血の気が引いて肌が黄色くなっている。こころなしか硬くなっていた。

オヤジが亡くなった事が身にしみてきて、少しだけこみ上げてきた。

オフクロが帰ってくる前に、くも膜下出血で半身不随になった従姉が来てくれた。
彼女は背骨のくも膜下出血の為に寝たきりになったあと、リハビリを重ねて車椅子の生活が出来るようになったあと経理の仕事に復帰し、1度は破産した家を未婚のまま支えてきた女性です。

叔父は数年前に半年ほど入院して癌で亡くなり、経済的に裕福とは言えず叔母と従姉と従兄とその甥の4人暮しで一般的な尺度では幸せとは言えないと思うのだけど、彼らは「生まれてきて今が一番幸せだ」と言います。

オフクロが戻って来たので、荷物を置きに家に戻ってシャワーを浴びた。オヤジの部屋は以前来た時のまま。まだオヤジの空気が残っていた。荷物をオヤジの部屋に放り込んで少し横になった。
少し休むつもりだったのに、すっかり眠ってしまった。そして女房からの電話で起された。
「着いたけど、あんたどこにおるの?」
そうそう、通夜の準備とかあるから少し早めに来ると言ってたな。
「ゴメン。30分で戻る」そう言って、電話を切った。
久留米から妹も来てるみたいだし、話し相手には困らないと思うけど、早く行った方がよさげ。

とりあえず戻って通夜の準備をした。
通夜の前に納棺人の方が来てくれて、遺体を綺麗に飾ってくれた。髪を洗い、化粧を整え、頬に綿を入れて、綿で羽織、袴を作ってくれた。
そこに居る人々は彼女の手際に見蕩れるばかり。母も親戚も記念写真を撮りまくってました。

何気に「どうして納棺人になったんですか?」と聞くと、「就職難で他に仕事が決まらなかったんですよ。反対はされたんですけどね」と答えられた。「こういう言い方もなんですけど、ご遺族の方が安心していただけると嬉しいんです」

先日観た〝被爆米兵〟のドキュメンタリー番組を思い出した。広島の捕虜収容所にいた米兵が、被爆した市民に酷い扱いを受ける中、憲兵隊の隊長の判断で、埋葬された2人の捕虜。2つ並んだ十字架の写真を観た遺族が言葉を詰まらせながら「ありがとう」と言っていた。

久留米から上の妹の家族も到着したし、親戚もだいたい揃った。にも関わらず、石垣から下の妹がまだ来ない。まぁ遠いし仕方ないのかもしれません。
結局下の妹が到着したのは、通夜が始まってから。

通夜が始まった時に、「焼香はひとつまみして、そのまま火にくべてください」お寺さんがそう言った時にウチが浄土真宗だった事を初めて知った。浄土真宗ってけっこう面倒だったことを思い出した。
神棚祀るなとか、冥福とか霊前はダメとかって聞いた事ある。
あと、お位牌も使わないんだっけ?
家族葬なので焼香する人も少なく、通夜はほどなく終了して親戚たちの雑談タイムがはじまった。

昔のオヤジの事から、おばあちゃんが健在だった時の事まで、故郷から離れているので出来ない話ばかりだった。
こういう話って、不幸のあるときしかしないってなんとなく違和感感じますよね。
一番いいのは本人が生きている時に集まるのがいいだろうに、結局それが出来ないのがまの世の中なんですよね。

ところで話のネタのひとつが石垣から来た下の妹の事。
結局葬式の翌日に帰る事になったのだけど、最初は「ネコが心配だから1泊しか出来ない」とか合コンを断るOLみたいな事を言って顰蹙を買っていた。
親の葬式くらい最後まで居るべきだろ。私はネコと天秤にかけられたくないので「オレのときは弔電だけでいいから」と言っておいた。

親戚同士で話している時に上の妹がやって来て、少しだけ暗い表情を作って話掛けてきた。
「母の日はこちらに来たけど、父の日は来なかった。もっと頻繁に顔出せばよかった」
さてどうしたものか。なんか浸っているように見えなくもない。
「オヤジに感じている後悔はしてても仕方ないんだし、あとはオフクロに対して後悔しないようにすればいいんじゃない?」
そんな模範解答で満点もらえそうな返事をしてみた。

オレに比べて上の妹は真面目だし、嫁入り先でも大変みたいだからイロイロ背負い込んでるんだろうな。それでちょっと疲れた顔してるのかもしれない。
少なくとも下の妹みたいな非常識人よりはずっとマシだとも思うけど。

通夜も終わり、料理いただいたのでオフクロと下の妹を残して女房と福岡の家に帰りました。
精進料理は子どもたちに人気がなく結構な量が余ったので、翌日の朝食にします。福岡の実家はURの新しい住宅でJRからも私鉄からも近く、スーパーも商店街も徒歩2分。1、2階にはスポーツジム、体育館、図書館、小ホール、大小の会議室、デイケアセンター等が入っていて高齢者でなくとも魅力的な住まいです。

オヤジが亡くなる前に前原から、生まれ故郷の雑餉隈に引っ越して来てよかった。
免許も車もないオフクロが前原で一人暮らしとか考えられないし、なんといっても親戚たちも近くにいるので、やっぱり安心できます。

ただねぇ、家賃もそれなりに高いので少なくなった年金でココに住みつづけられるのかはもう少し考えないといけないとは思います。

明日は葬式から火葬、そして初七日法要までをおこなう予定です。