あっちこっちケイイチ 習作

よたかの日記を兼ねたブログです

舞子御前 :なめくじ祭りの夜よたか

舞子御前 :なめくじ祭りの夜
「盛一《せいいち》がさ、舞子《まいこ》の事が好きだとするでしょ」

 田んぼに挟まれた狭い田舎のアスファルト。日が落ちてからは、道の両側からは蛙の鳴き声が聞こえる。民家は遠く、街灯もまばらで暗い。人も車も少ない田舎道。
 だけど、お祭りの夜だけは、お寺までの暗い道の両側に、小さな行灯が等間隔に並ぶ。ほんのりとした灯りの行列は、とても綺麗なんだけど、どこか寂しげで、そのまま違う世界に続いているようだった。

 30過ぎの独身男性、覚山文士《かくやま ぶんじ》先生は、ぼんやり足元を照らす灯りを頼りに歩きながら、舞子の疑問に答えるために3人の小学生にそんな風に切り出した。
 覚山先生の発言に一番最初に反応したのは、覚山先生の右側を歩いていた舞子。
「なぁに言っとるの先生。女の子イジメたり、人の読んどる漫画を勝手に持ってくような盛一なんて、イヤに決まっとるやらぁ」
 美濃弁まじりでそう言いながら、舞子は、懐中電灯を持った覚山先生の右手にしがみつく。膨らみかけの舞子の胸が上腕に押し付けられて、女性経験が少ない覚山先生の右手には、必要以上の力が入ってしまった。

 1人だけ前を歩いていた盛一が振り向くと、暗闇に向かってずっとつづく行灯の灯りを背景に、舞子が先生に抱きついているように見えた。
 少年の目には、恋人がじゃれ合っているように感じた。
『自分が舞子の隣なら良かったのに』とっ、ちょっとだけ盛一は考えた。そして、ちょっとだけ股間がくすぐったくなったのを感じた。
『羨ましい……』
 少し気になっていただけの舞子。好きとかそんなんじゃないのに、舞子に抱きつかれている覚山先生が羨ましかった。その上その舞子から突然“嫌い宣言”をされてしまった。
 学校なら軽く聞き流せる程度の冗談だった。だけど、お寺の夜祭りに行く途中で聞いた舞子の言葉は、盛一を妙に苛立たせた。
「な、なんだよ! 俺だって舞子みたいな、ぶ、不細工な女、き、興味ないし。嫌いなんだからな」必要以上に焦ってカミカミで言い返す盛一。

 慌てた盛一を見た覚山先生は『ちょっと例えが悪かったかもしれない』と反省した。

 しかし、その様子を後ろから見ていた渉《わたる》は、舞子と盛一の関係を言葉通りに受け取って、ちょっと安心した。
 渉は、舞子の事が好きだと自覚してた。
 人と話すのが得意じゃない渉にでも、舞子はきちんと話しをしてくれる。真面目な話しにも真剣に答えてくれる。
 渉は、舞子の側に居たいと思っていた。だから、渉は舞子の事が好きなんだと思った。

 3人は岐阜市内の公立小学校の6年生で同級生。そして覚山先生はその担任。
 出校日に覚山先生が“お祭り”の事を話したら、舞子が興味を持って『遊びに行きたい』と言い出した。他の生徒が“きもち悪い”と尻込みする中、舞子の事が好きな渉と、舞子の事を気にしてる盛一が『一緒に行きたい』と手を上げた。そして物怖じしない舞子を含めた3人が、電車とバスを乗りついで、覚山先生の実家までやって来た。
 覚山先生の実家は、岐阜県 中津川市 加子母《かしも》の小郷《おご》で、毎年旧暦の7月9日に『ナメクジ祭り』が行われる。
 小さな田舎のお祭りなので、イベント的な都会のお祭りほどではないにしても、普段の静けさや、周りの暗さと比べると際立って賑やかなお祭りだった。

 覚山先生の実家を出て少し歩いた所で、舞子が『なぁして、ナメクジなんかでお祭りするん?』と、覚山先生に聞いたのが始まりだった。
 聞かれると思っていた覚山先生は、子供には話しづらい内容を、上手く説明する為に『3人に役を付けて、冗談まじりに解りやすく話す』つもりで始めたけど、どうやら出オチになり掛けている。

「ごめん。ごめん。例えばだよ。例えば」覚山先生は慌ててそう言って場を納めようとした。
「まぁえぇわ。別にわたしは盛一なんて、好きになる訳なぁしね」
 舞子の無神経な一言が、盛一の胸をえぐる。
 盛一の気持ちが痛いほどわかる覚山先生は、まぁまぁとなだめる。
「じゃ、ま、舞子ちゃんは、ど、どんな男の子が好きなん?」一番後ろから渉が勇気を出して声を上げた。
 渉の前を行く舞子が歩きながら、軽く体をひねって渉の方を見て言った。
 暗くて舞子からはちゃんと見えていなかったけど、表情が上手く作れないくらい、渉は緊張していた。
「ほやねぇ。わたし、本とか好きやし、本の話しが出来る人がえぇかなぁ。あとわぁ。勉強とかも教えてくれるとえぇな」舞子が笑顔で渉にそう答えた。
 舞子の返事を聞いて、ちょっと嬉しくなった渉の顔がほぐれる。
 逆にちょっと面白くなさそうな盛一。

 覚山先生は『この3人の関係が“そのままだ”』と思った。そう思うと余計デリケートな話しになってしまう。
 どうしよう……。
 なんとなく『ウヤムヤにしてしまえ』と思った矢先に、舞子が踏み込んで来た。
「わたしたちの場合は、盛一がわたしに片思いで、わたしがフルんだけど、それとナメクジ祭りになんの関係があるの?」やたら“わたし”を強調する舞子。
 かなり不貞腐れている盛一。だけど、舞子にキツイ事を言ってしまったので、何も言えない。
『あぁ、逃げ切れない』と、覚山先生は覚悟を決めた。

「まぁなんだ。舞子が盛一をフって、渉と付き合って結婚するとしよう」
 舞子は覚山先生の発言に慣れてしまったのか、それほど動揺はしてなかった。というか、盛一をフル話しになった事が嬉しかったみたいで「そうやらぁっ」と、得意げに盛一を見た。
 不意に『舞子と結婚する』と言われた渉は、また緊張して歩き方がちょっとぎこちなくなった。
「へへへっ。ほいじゃ、わたしと渉が夫婦で幸せに暮らすんやね。ちょっとピンとこんけど」舞子が何気なく言った言葉で、男子2人が心に少し傷を負う。
「ま、まぁそう言う事で始まるお祭りなんだ」言いにくそうな覚山先生。
「すごくいいお祭りやね。わたしモテまくりのお祭り?」ちょっとハシャいで早足になる舞子。
 3人の男達はちょっと浮かない顔をしてる。

「でね、幸せな夫婦生活をしてるところに、盛一がやって来るんだ」覚山先生はもうしわけなさそうに付け加える。
「えっ? 盛一しつこいが。いい加減あきらめやぁ」舞子の足が止まる。
「俺じゃねぇよ」慌てて言い返す盛一。
「そこで盛一が、舞子に『俺と1回だけ浮気しようぜ』って言うんだ」
「きゃーっ。盛一って最低!」
「俺そんな事言わねーよ」
『言う事聞かないと、お前の母ちゃん殺すぞ!』覚山が盛一のセリフをそのまま言う。
「なんて男。わたし盛一の事なんて絶対に嫌いになった」悲しそうな顔を作る舞子。
「だから俺じゃねーって。先生。ソレ酷すぎだよ」
 覚山先生は、半泣きになりながら訴える盛一の顔を見てると、このママ話しを続けるのがちょっと辛くなってくる。だってこの先は……。
「まぁ、ずーっと昔の話しなんだから。そこまで感情移入しないでもいいんんだけどなぁ」覚山先生は、そう言って2人をなんとかなだめた。
「わかったわ先生。ほいでどうなるの?」
「えっと、1回だけ浮気したり。あったり……」
「わぁーん。わたし、そんな事せんもん。そんなサイテー男なんてイヤに決まっとるでしょ」舞子が必死な声で訴える。
「俺だって、そんな酷い事せんって!」盛一が叫ぶ。
「えぇっ。浮気しちゃうの?」渉が悲しそうに覚山先生を見上げる。
 覚山先生は、内容が内容だけに、冗談っぽく軽く話しをするつもりだったのに、逆効果だった。子どもたちの収まりがつかなくなった。

「ま、まぁ遠い昔の話しだから、そ、そんなに気にしなくてもいいよ。じゃ、名前変えて話そうか? ソッチの方がいいよね」覚山先生は少し逃げ腰になる。
「いや、僕はそのままでも別にかまわないっ。かな」渉は勿体ぶるようにそう言った。どんな形にせよ“舞子と一緒”という設定が、渉には捨てがたかった。
「渉がいいなら、俺もそれでいいや」盛一もちょっと強がる。
「まぁ、わたしは浮気なんてせんけどね。そのままでもえぇわ」状況はともかく、モテる設定が気に入ったのか、舞子も2人に合わせて返事をした。
「そ、そうかい。3人がいいならこのママ話しを続けるよ」少し気が重い覚山先生は話しを続ける。

「盛一は1回だけと言いながら、次の日も、その次の日も、舞子に言い寄った」
「盛一。あんた、ほんっとにしつこい男やね。えぇかげん諦めぇや」舞子が少し高飛車に言う。
「だから、俺じゃねぇよ。昔の赤の他人の話しじゃん。そうだろ先生」盛一が投げ捨てる様に言った。
「そうだよね、昔の話しだよねぇ。さて困った昔の舞子は、仕方なく昔の盛一にこう言うんだ」
 覚山先生の言葉に、息をのんで聞き耳を立てる3人。

『今晩、渉を1人で寝かせておきますので、刀で首を切り落としてください』

 覚山先生がそう言った瞬間、3人とも顔がこわばった。
「わたしそんな事、言わんもん」
「僕、殺されるの?」
「俺やって、友達殺したりせんて」
「いや、だから、昔の話しだって。名前は借りてるけど、君たちの話しじゃないよ」
 思いのほか重い話しになってしまった。覚山先生は3人の名前を使った事を後悔した。だけど、一応3人には確認したので、もうこのまま話しを続ける事にした。

「さて、その夜、盛一は渉を殺すために渉の家に忍び込んだ」悲しそうな男子2人の顔。
 舞子はどことなく所在なさげな顔をしてる。
 モテモテはいいけど、友達が旦那さんを殺すのは嫌だと舞子は文句を言い出した。

「そこで、盛一はバサッと、刀で渉の首を切り落としたんだ」
「キャーッ」小さく声を上げたのは舞子。
 覚山先生が見ると、舞子は両手で耳まで塞いでる。あぁ、そこまで……。覚山先生はちょっと責任を感じた。
「盛一は、切り落とした渉の首を月にかざした。そして驚いた」覚山先生がそう言いながら、何かを掴んでいるような左手の拳を暗い夜空に差し出すと、つられて3人も夜空を見上げる。
 空には西に傾きかけた上弦の月が、ぽっかりと浮かんでいる。旧暦だから千年前も同じように月が見えたのかもしれないと、覚山先生は少し考えた。
 子どもたちは3人とも表情が硬い。覚山先生は、ココから話しを続けるのを少し躊躇した。ココから先の話しをすると、3人ともショックだろうな。だけど一番大事なところだしなぁ。覚山先生が少し迷っていると舞子が恐る恐る「盛一は何に驚いたの?」と聞いて来た。
 仕方ない。答えるしかない。覚悟を決めて覚山先生は話しを続けた。

「月明かりにかざした首は、“渉”の首ではなく“舞子”の首だったんだ」
 少しずつでも進んでいた3人の歩みが停まった。
「わたし、死んじゃった〜」そう言ってとうとう涙を流しはじめたのは舞子。
 盛一と渉は呆然としている。

 お祭りの灯りはもう少し、お寺まですぐ近く。道の真ん中に立ち止まる4人。お寺に向かう人達は、4人を避けるようにして追い越して歩いて行く。

 盛一がやっと声を出した。「なんで舞子が死んじゃうの? 死ぬのは渉じゃないの?」渉が咄嗟に盛一の方を見た。
 覚山先生は大きく深呼吸をして、歩きはじめながら、もう一度話しをはじめる。3人とも後を追うようについていく。
「舞子は2人とも好きだったのかも。だけど旦那さんは裏切れない。お母さんが殺されるのも嫌だから、身代わりになる決心をしたんじゃないかな」
「わたしは、そんな酷い事する盛一の事なんか大嫌いだわ」舞子が急いで反論する。
「俺じゃねぇし……」盛一は何となく言いづらそうに呟いた。

「好きになってまわりが見えなくなった盛一は、舞子の首を見て、責任を感じちゃうんだ」
「責任? 責任なんて感じても、そんなの死刑にきまっとるやらぁ」
「やっぱりそうだよね。死刑だよね。舞子ちゃんが殺されたら、僕は絶対許さない」渉も冷静を装いながら、少し早口でそう言った。
 そこまで言われても、盛一は何も言わない。

「もし君たちがそんな事になってたら、盛一は死刑になったんだろうね。だけど実際は違ったんだよ。
 奥さんの袈裟御前《けさごぜん》を殺された源渡《みなもとのわたる》は、遠藤盛遠《えんどうもりとう》を許しちゃうんだ」
 どうして? どうして許せるの? と声を揃えて3人が覚山先生に聞いた。

「どうしてだろう? 源渡の資料があまり残ってないから、理由はわからないけど、遠藤盛遠は名前を文覚《ぶんかく》と変えてお坊さんになったんだって」
「それでも袈裟御前がかわいそうだよ。殺されちゃって」
「だけどね、袈裟御前は文覚を許してるらしいんだ」
「なして、なしてそんなんがわかるん? わたしやって、こんなに悲しいのに。絶対に許せんって」舞子はそう言いながら、覚山先生に喰って掛かった。

 寺の境内まで来ると、出店が並んでいて少し賑やかになってきた。人の行き交う石畳をゆらゆら歩く3人。お祭りだというのに、子どもたちの顔色が冴えない。

 覚山先生は、文覚はそれから修行しながら、旅を続けて「さっさと平家を倒せ」と言って、伊豆に居た源頼朝を叱りつけたらしいと、子どもたちに説明をした。
「もし文覚が居なかったら、鎌倉幕府は無かったかもしれないんだよ」
 覚山先生がそんな事を言っても、子どもたちはあまり納得してなかった。

 そのうち、渉が思い出したように覚山先生に聞いた。 
「先生。その話しとナメクジ祭りはどう関係あるんですか?」
 聞かれた覚山先生は、そうだね。と言いながら寺の中でひときわ賑やかな場所へ向かった。
「この先に文覚のお墓があるんだよ。きっと旅の途中で力つきたんだろうね」覚山先生がそう言いながら、文覚の墓の方へ向かうと、3人もその後ろをついて行った。
 
 幾重にも並んでいる人垣をかきわけて文覚の墓の前まで辿り着くと、低い柵に囲まれて文覚の墓が立っていた。まわりに居る人たちはギリギリまで近づいて覗き込むように墓石を見てる。

「ほら。見てごらん」覚山先生が墓石を方を見るように3人を促した。墓石の表面には、ナメクジが張り付いて文覚の墓をゆっくりと登っていた。

「えっ? 何? ナメクジがお墓を登っとるの?」舞子が驚いて口にすると、覚山先生が「うん。そうだよ。だからナメクジ祭りって言うんだよ」と返事をした。
「どうしてナメクジを大事にしてるの?」盛一が久々に口を開いた。
 覚山先生がナメクジを見て「ナメクジの背中を見てごらん」と指をさした。ナメクジの背中には“黒いスジ”が刻まれている。
「あれって、刀傷に見えない?」3人ともなんとなく頷いた。
「このナメクジは袈裟御前の化身で、文覚を許し、文覚を慕って墓を登っているんだそうだ」
「そんなん偶然や。こじつけや。許せぇせんもん」舞子が小声でそう言うと、でもそれは袈裟御前の気持ちじゃないよね。と覚山先生は舞子を諭した。
「本当の気持ちなんて、誰にもわからないよ」と覚山先生は付け加えて、文覚のお墓に手を合わせた。
 他の3人も真似して手を合わせた。
 舞子は墓石を静かに登っていくナメクジを見ながら、自分だったら許せるかどうか考えてみた。袈裟御前は死ぬのが解って死んだ訳だから、覚悟してたのかも。だけど、舞子にはよくわからなかった。

「僕はね子どもの時からこのお祭りに来てるけど、誰が一番可哀想で誰が誰を許してるのか全然解らなかない。いまでも解らないんだけどね」覚山先生は小さく笑顔を作って呟くように言った。

 冷やかし半分でいくつかの出店をまわり、名物らしい“クジ”を引いてみた。ナメクジだからクジ? 舞子がちょっと吹き出す。盛一も、渉もつられて笑う。
「僕が子供の頃は“舐めるクジ”もあったんだよ。ソッチの方がナメクジっぽいよね」
「なんか汚い感じ」
「だから、無くなったんだろうね」

 子どもたちは気持ちが軽くなったのか、忘れてしまったのか、お寺を出る頃には3人とも教室にいる時のテンションに戻っていた。少し覚山先生は安心して後ろから3人を眺めていた。

「お墓のナメクジ見て思ったんやけど、あれって許しとる訳じゃないよね」舞子が得意げに2人に向かって語り出した。舞子的には、憎い文覚に復讐するために“使い魔のナメクジ”を使って、墓を喰い削っているんだそうだ。
「ほら、忍者とかが、でっかいナメクジ使って戦ったりするでしょ」
 覚山先生は『台無しだ……』と思いはしたが、『それもあるかもしれない』と考え直して、口を出すのはひかえた。
「女、こわ〜っ」盛一が冷やかす様に言うと、「あんたの方が、恐《おそ》がいが」と舞子にたしなめられる。
「だって昔話じゃん。俺じゃねぇよ」盛一が抵抗する。
 舞子は、学校で盛一が女の子をカラカウのが気に入らない。と言いかえした。
「でもさ……」渉が口を挟む。
「一番辛いのは、源渡だと思うんだ」
「なんで、まい……、袈裟御前に想われてていいじゃん」本当に羨ましそうな盛一。
 渉は、奥さんに何も相談もされず、奥さんを殺されて、それでも生きて行くのはきっと辛かっただろうと言った。それに加えて、盛遠と袈裟御前はお祭りとして残っているのに、誰も源渡の事はちゃんと覚えていないのが可哀想だと言った。
「源渡は『生きて苦しめ』と思って、盛遠を殺さなかったんじゃないかな」渉が静かに言って盛一の方を見た。
 少し怯む盛一。
「ほやね。あんたなんて、苦しんどったらええんやわ」舞子が言い放つ。
「だから、俺じゃねぇよ」盛一が口癖のように繰り返えす。
「だいたいあんたが、1回浮気しよ〜とか言うから、旦那に言えんかったんやらぁ」舞子の矛先は相変わらず、盛一に向いたまま。

 確かに1度でも浮気をしてたら、旦那に相談できなくて、追いつめられて身代わりを選ぶかもしれない。覚山先生は、はじめて気がついた。
 女性経験の少なさからか、女心を計りきれなかったのが、ちょっと恥ずかしかった。

「でもさぁ、盛遠って今ならストーカーでしょう。大人なのにだめやねぇ。サイテー男だぁね」本人の墓の近くで暴言を吐く舞子。
「まぁ大人と言っても18歳くらいだと思うけど」覚山先生が口を出すと3人が驚いて立ち止まり、振り返る。
「ちなみに、袈裟御前は13歳で結婚して、亡くなったのは16歳だよ」
「えっ? 中学生で結婚? 高校生でそこまでできるの?」
「いや、数え年だから、結婚したのは12歳かな?」覚山先生が答える。
「わたしらと同じ歳なん?」舞子が悲しそうに覚山先生を見上げた。
「まぁ、昔は寿命も短かったし、結婚も早かったんだよ。きっと」覚山先生はよく知らない事を、慌てて知らないまま口にして、ちょっと焦った。
「そうなん?」舞子の悲しそうな瞳。耐えられない覚山先生。
「そ、そうだよ。今の君たちとは感じ方とか、考え方が違ったんだよ。きっと」

「そうなんだ……。でも、本当は許してて欲しいな」舞子が小さく呟いた。
 覚山先生にしか聞こえないくらい小さな声だった。

「えっ?」覚山先生が聞き返す間もなく、舞子は1回ニコッと笑って、振り向いてから盛一になにやら文句を言い出した。男子2人は舞子の切り返しの速さにちょっと戸惑う。
「女子イジメるのは、ゆるせぇせん」舞子が言うと、盛一はいつもよりおとなしく話しを聞いていた。
 盛一がおとなしいのを見て舞子が「ほやから女子には優しくせなぁいかんけんね」と言うと盛一も「いや、それは違うでしょう」と言い返した。
「ほなええわ。わたしは渉くんと結婚しようかな?」舞子が悪戯っぽく笑うと、渉の体がたちまち硬直してしまった。

「それだけは許せん!」大きな声で盛一が2人に向かって叫んだ。

 この3人には、ハマりすぎて『例えが悪すぎた』と覚山先生は思った。
『いや、良かったのかな?』
 
 夜も遅く田舎道を歩く3人の小学生とその先生達は、寺に向かう人たちとすれ違っていく。日付が変わっても、ナメクジ祭りは終らない。