進化による退化 (05.09.07)

プロレスとか saito

文明による進化に伴い生活や仕事・生命の延長等我々にとって住みやすく便利になっている事はありがたいし、21世紀を生きていくには必要極まりないものである。 

しかしその反面、ひと昔に特別ではなく日常の生活で気にする事なく当たり前にあった水・有機野菜・移動手段としての歩行等、考え出したらキリが無いほどの物に現在付加価値が付いている。
進化し続けるものもあれば、進化のはてに原点に戻るものもある。

個人的に興味があるのは後者の方で、物に限らず追求していくと原点に返ると言うが、創めた頃のものと原点に戻ったのものと似てはいるが何かが違う。これは極めた者しか分からぬ究極の進化なのであろう。

シンプル イズ ベスト

全てを見なければ分からないと言う原点、その言葉の意味と裏腹な部分も
ひじょうに面白い。

タイトルからかなりズレてしまった観があるがそろそろ本題に入るとしよう。 人間がまだ動物に近かった頃には色々な自然の発する微妙な変化を感じ取り予知に近い事をしていた。 それから現在に至るまで、便利さと引き換えに失ってしまった能力は少なくはないはずである。

人間には眉間のところに第3の目があったと言う説がある、敏感な人であれば目を閉じた状態ででも何かがそこに近づいてきたこと事を察知できるし、大半の人は目を閉じて集中する時にそこに気を集めるという。透視を行うさいにもそこを使う人も多いらしい。

また人間や動物が動く時に微量ながらも電気を発するわけだが人それぞれ波動が違い、敏感な犬や猫等は玄関の向こうより近づく主人を察知する。通常の人はそこまでは無くても人の気配を感じた事位はあると思う。 数分間は波動が残るらしいので、空室に誰かが居たような気がするのもそれによるものもあるらしい。

例題であって上記のものだけではないが、便利なものが増えるのに比例してその様な能力が退化していく事は間違いない。

ただそれは取り戻せない事は無い。戦争に行ってる人や危険や緊迫した状況におかれている人等は研ぎ澄まされ自然と備わっていくであろう。

人生には波があり逆らわずに任せる時や、逆らってもやり遂げなければいけない時があり、逆らう時には莫大なエネルギーを必要とするわけだが、チャンスもある。その時小さいながら何らかのサインが出る筈。それを敏感に察知するのだ。

何も戦場に行けとか危険にさらされろと言ってる訳では無い。闇にあれば身に付く筈だ。へいへいぼんぼんとした中では人生の戦いには勝てない。負のパワーを身に付け、常に何かを感じとるのだ。

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