人は皆、この世に生を受けた瞬間からタイムカウントが始まる。
そのタイムカウントには、当然ながら制限があり、終わりがあるのだ。
何時来るか分からない制限時間・・・
しかし、日々の生活の中で制限などある事を忘れ、いかにもこの生活が永遠に続くかの様に無駄に時を削っている事が多いことか。
何もせずにいる事が無駄に時を過ごしていると言う事ではない。
ダラダラしたり、ボーっとしたりも良いだろう。
人間なのだから・・・
ただ、そこに自分自身としての価値があるかどうかで無駄かどうかが決まるのではないだろうか。
その瞬間を、人生を、堪能しているか、出来ているかで時の使い方の意義や価値が決まる。
人生のタイムリミットを迎える瞬間に、自分自身のやってきた事に充実感が持てたかどうか・・・
その他を含め、生き様から死に様に変る時。
言わば、死に様を探求し,追求するところに、我が哲学がある。
時を大事にしているがゆえ、俺は基本的にストイックな人生を過ごす事が多いのだが、最終目標が死に様であるとなれば、終始ストイックな生き方では人生を堪能するという観点からすれば、俺的にはNGである。
両極端ではあるが、ストイックさと享楽さを追求せねば、真の充実感を得られまい。
高速道路にもSAがある。電車で気になる駅での途中下車も良いだろう。
目的地に着いた時に、いかに充実した旅が出来たかどうかである。
思いっきりストイックに生き、時に思いっきり享楽主義に生きる・・・
人から思ったイメージより明るく楽しい人だと言われる事がある。
その「時」一瞬を思いっきり楽しみ、堪能しているのだ。
人生を満喫すると言う面で、ストイックな生き方の中に享楽主義があるのも、意外と悪くはないものだ。