2006年 7月の記事
今日、気になり目を通したものの中で、特に面白かったのが、火星で農業をして住むというものであった。
腕時計式テレビ電話で話をしている番組を見て、心躍らせていた幼少時代。
それに近い事が、日常普通に行われている現在。
火星に住む事も、ありえるかもしれない。
“楽しみ? な未来”のつづき
夜中に一本の電話があった。
携帯をとると 「何ででるの? なんで起きてるん? あっ分かった飲んどるんやろぅ」 と元気な声(笑)
相変わらず元気である。夜中なのに・・・
“姫路”のつづき
俺は常に信念のもとに動いている。
それは、何があろうと根本的な事は変わらない。
ある記事を見てある決心をした。
その記事の事が本当に行われるかどうかは知らないが・・・
それが何かはそのうちに分かると思うが、俺が間違っているかどうかはすぐに答えは出ないだろうし、俺が言ったところで影響のあるポジションにいるわけでもないしな。
でも俺の生き方は変わらない。
それがポリシーでもあり、俺そのものだから・・・
シリーズが終わってまだ数日だが、かなり休んだ感じがする。
今月の後半に俺の試合があるのだが、会社の見出しにはその事が掲載されてない気がする。
“オフ突入”のつづき
維震軍を語るうえで主導はどうであれ、結成も解散も常にキーポイントになっているのは俺だと思う。
館長の反対を押し切り、単身で新日本に乗り込み、キッカケを創り、退団してすぐに解散となる。
“現在・過去・未来”のつづき
最終戦、あくまでも自分の試合で自分自身だけの問題だが、不完全燃焼だった気がする。
また仕切り直しするか。
夜の高速をぶっ飛ばし名古屋へ向かう。
“7月”のつづき
ただいま午前4時、横浜の警備&偵察から帰還した。
連休の初日ともあって、情報では首都高は混んでおり、主要的なホテルもまた混んでいた。
“横浜偵察”のつづき
今回は東北でも試合があり、仙台泊まりのオフ日もあった。
ここのところ度が過ぎた深夜徘徊も多く、ブログから離れてしまった感があるが、これも日本経済の為だ、許して欲しい。
仙台大会の日は、いつも行くBARのマスターと熱く語らい、良い時間を過ごしたが・・・
“仙台”のつづき
今日は7月7日
そう七夕である。
幼き頃は楽しみにしていて、園児達と笹の葉に願い事を書いた短冊を結んだ記憶がある。
幼き頃は・・・
“七夕”のつづき
千葉県は暑かった。
正式に言うと、冷房の無い体育館は暑かった。
梅雨明けこそしてないが、もう7月なのだから当然と言えば当然で、季節は夏なんだから・・・
とは言うものの、何か物足りない気がする。
“もうすぐ”のつづき
いつも通りにシリーズが始まり、いつもと何かが違うシリーズが開始される。
この世の中、何があろうと、何が起ころうと、時間はいつも通りに流れ、そして時を刻む。
残酷ともいえるかもしれないが、現実とはその様なものかもしれない。
ならば、この一時一瞬を悔いの無いよう突き進もうではないか。
この思想こそ俺の原点でもある。